忍者ブログ
忍者ブログ | [PR]
他社ブログへ移転予定。跡地として残すため閉鎖はしません。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。



一昨日は名鉄パノラマカーのイベントに参加してきました。久々のイベント参加でしたが、これも今年の8月30日で終わりと思うと寂しいですね。ここでは後日公開予定の鉄道トピックスでは触れられていない部分を紹介します。
ab65e7f5.jpg当日は朝早く名古屋へ行き、佐久間レールパーク号を撮影してから犬山遊園へ向かいました。駅改札を出ると、モノレール乗り場へ繋がる入り口は閉鎖されていました。しかしホーム・軌道は残っていて現役時代とほぼ変わらぬ風景で、未だ走っているのではと錯覚しました。
2dca2b4f.jpg列車整理券をもらってイベント列車に乗車。写真は途中運転停車した駅のものです。三柿野では撮影会が行われ、新可児発車後は、P車が久々に広見線へ入線です。



24ef6455.jpg明智駅で運転停車中に記念乗車証明証が配られました。また明智では現在4両編成の車両に対応していないのか、駅員の方が“4”と数字の入った即席と思われる列車停車位置の看板を持っていました。


47aba8ef.jpg明智駅発車後(5分遅れで)すぐには八百津線の廃線跡が見えました。広見線のこの区間(新可児~御嵩)自体も、名古屋などへの直通列車がなく、また利用者も少ないために廃線の危機らしいです。そのためか沿線には多くの撮影者や一般人の見物人も多数いました。
a1d81e81.jpg新鵜沼で回送列車を撮った後は、布袋駅でパノラマカーを撮影してきました。現在7011編成以外の2編成は、何度か機能保全運転を行っているようですが、それ以外での動きが見られません。このまま廃車なのか?一度ぐらいイベントで使って欲しいです。できれば重連復活で・・・。

早くも日本旅行から、6月13日にパノラマカーの団体貸切列車を運転予定との事です。これは名鉄のイベントではないですが、お金に余裕がありましたら参加しようと思います。
PR


第5回は石原産業専用線を紹介します。

b1.JPGこちらは第4回で紹介した1枚目写真右に写っている線路付近を、更に直進して小学校付近で撮影したものです。ここからもずっと直線の線路が続いているので、更に奥へ進んでみる事に・・・。


b3.JPG途中の踏切にはこんな看板がありました。この踏切を使う人や、撮り鉄などのマニアにも良いものですね~。こういうものが専用線にある事を初めて知りました。なおここの少し近くには遮断機・警報機付きの踏切がありました。

b2.JPG更に進んでいくと・・・、えっ!?線路がない!どうやら少し前から使われなくなったらしいです。しかし至る所にあった小型の信号機みたいな物が点灯していたので、まだ使われていたと思っていました。2枚目写真の列車通過時間まで待ってみましたが、結局列車は来ませんでした。
b4.JPG3枚目写真の場所からは、線路の用地はまだバラストと一緒に残っているものの、石原産業の工場入り口付近には何もありませんでした。白いゲートの奥が、おそらく工場内の車両基地などだったのでしょう・・・。



次回の第6回が最期の記事となります。
第6回では、あの有名な末広橋梁とその付近の紹介をします。


第4回はJR塩浜駅(貨物駅)からエネオス工場まで続く引き込み線を紹介します。

a1.JPGまず塩浜駅から分岐している貨物線に沿って歩いていくと、大きな車道付近で分岐しています。写真右の線路が後日紹介する石原産業線、写真左の線路がエネオスの工場内へ分岐する線路です。


a2.JPGエネオス工場へ分岐する線路は、大きく工場へカーブしており、大きな車道には遮断機はありません。





a3.JPG工場入り口ゲートの様子です。ゲート手前に見える踏切には遮断機が付いていました。工場内を外から見てみても、タンク車やタンクローリーが日曜日にも関わらず多数停車しており、まだまだ活気のある工場と引き込み線だと思いました。


第5回の記事は、1枚目写真でも紹介した石原産業専用線です。


さて第3回の今回は近鉄・海山道駅沿いを走る貨物線の紹介です。

c4c6afbc.JPG何の工場かは調べていないので分かりませんが、海山道駅から海側へ歩いて行くと、ご覧の様な工場への引き込み線があります。通学中などに、この貨物線近くでは列車が動いているのをよく見るので、現在も使われていると思われます。駅からも歩いてすぐの所にあるので、こちらは大変訪問し
50cf093a.JPGやすいかと思います。
なおこの後に末広橋梁へと向かったのですが、途中でDD51単機が低速で走っていくのを目撃しました。至るコンビナートや工場がトラック輸送などに代わってきている現代、このような情景もいずれ過去のモノとなってしまうのでしょうか…。